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先日、久しぶりに夫と映画を観ました。
夫の知り合いの音楽会が夜に京成線の青砥であり、早くに家をでました。銀ぶらをしてお昼を食べ時間を潰し(夫とデートでしょうかね)、早めに青砥に行こうと思っていたのですが、急に映画を観ようということになりました。 突然でしたので、今、何をやっているのかも分かりませんでした。中途半端な時間でもありましたので、映画の始まりに旨くあうかも分かりませんでしたが、取りあえず映画館に直行しました。 やはり、みんな始まって1時間位たっていて、ちょうど良いものはありませんでした。あきらめようかなと思ったとき、一つだけ、これからというのが、目に飛び込んできました。 全国東映系映画「ありがとう」主演が赤井英和・田中好子・薬師丸ひろ子で、ピンとこなかったのですが、水曜日なのでレデイ-スデイでした。私も1000円、夫はもちろんシニア料金で1000円。 「いいよ。いいよ。入っちゃおう。」と始まっちゃうしと、あまり考えずに入ってしまいました。 『淡路・阪神大震災』で被災した家族がお父さんを中心に乗り越えていく話なのですが、地震に強い町を作ろうと町づくりにも力を注いでいく話でした。 これで終わりかなと思ったら、一念発起して、死んだつもりで好きだったゴルフに専念し、ゴルファーになった話でした。普通の年の行ったおじさんがゴルファーになるなんて、漫画かなと思ったのですが、これが実話を元に制作されたのもだと知ったときには本当にびっくりしました。 古市忠夫さんといって、現在(65歳過ぎている)も現役で活躍されている実在のかたの話でした。短い映画の中では、死に物狂いで練習に頑張った姿は一部でしかなかったので、実際は映画で表現できるようなことではなかったと思います。 ましてや震災で何もかもなくなってしまった中(全てなくなった中からゴルフバックだけが出てきた。)からゴルファーという、高い目標に向かっていくことは並大抵の意志では実現できないことだと思います。その姿勢には、勇気づけられました。 また、家族が反対はするけれど、暖かく支えているようすが嬉しくもありました。悲しい事件が多い中で、震災は大変なことですが、人間の暖かさと強さを感じることが出来た心温まる映画だったと思います。 そして、エンディングテーマとして河島英五の『生きてりゃいいさ』が流れてきました。 君が悲しみに 心を閉ざしたとき 思い出してほしい歌がある 人を信じれず 眠れない夜にも きっと忘れないでほしい 生きてりゃいいさ 生きてりゃいいさ そうさ生きてりゃいいのさ 喜びも悲しみも 立ち止まりはしない めぐりめぐっていくのさ 手の掌を合わせよう ほら温もりが 君の胸に届くだろう ジーンときました。今、悩んでいる子どもや大人がいたらこの歌を聴いて欲しい。きっと、励まされると思いました。
子どもが幼い頃は、外出先でトイレに行く時に苦労しますよね。
最近は、親子で入れる広いトイレや、ベビーガードとか言う 個室の片隅に、子どもを座らせておける設備があったりして 10年前に比べると、随分便利になってきているなって感じますが まだまだ普通の狭い和式トイレしかない場所もあるし 子どもと一緒の外出は大変ですよね。 子どもが用を足すときは まだ良いんですよね 問題は親が用を足す時! 自分の他に誰か別の大人が一緒にいれば、何も問題はないんですが 大人が自分だけの時が困る! ウチの娘が6か月を過ぎた頃だったかなぁ 2人だけで家にいる事に絶えきれず、とにかく街に出たくなって 抱っこ紐に娘を入れて 新宿や吉祥寺等々、週に一度くらいのペースで出掛けていた時期がありました。 娘は重量級で重いし、ミルクやお湯や紙おむつ等々、これまた重たかったけど いい気分転換になって、結構楽しかったんですよ。 昼食もファーストフードくらいなら、抱っこしたまま食べられたし、デパートのベビールームをハシゴしながらオムツ変えたりミルクをあげたりしてました。 でも、トイレだけは困りましたね。最近は個室が随分と広くなりましたけど、昔はデパートのトイレも狭くて苦労しました。下が見えないから手探りだし・・・。 *** More *** トイレに入ると、こんな風→に丁寧に先端を折ってあるペーパーを目にする事がよくあります。遊びに行ったお宅で、トイレに入った時にこれを見かけると、自分が行く前に こんな所まで整えて迎えてくれたのか って感じで、ちょっと嬉しくなったりして。 あ、私はやってないです。というか、誰かが遊びに来るとなったら、家中整えなきゃならない所だらけで、とてもトイレットペーパーまでは 気も手も回らないからです。 でも、これって公衆トイレでも 見かけますよね。 開店と同時に入った店の場合はきっとお店の方が折って下さっているんでしょうが、駅やデパートの混雑したトイレでも時々見かけます。 几帳面な方がいらっしゃるんですねぇ。後の方が気持ちよく使える様に折ってくださっているんですよね。でも、せっかく折ってあったトイレットペーパーも、私が使っちゃっうと 又普通のトイレットペーパーに戻ってしまうんですな。 こんな時、皆さんは使った後 同じ様に整えてます? なんか、きれいな物を崩しておいてそのままっていうのも悪い気がして 同じ様に折ってみた事もあったんですが、これって三角の先端が真ん中になるように短時間でキチンと折るのが、私には難しくって 挫折。 やめました。 なぁ〜んていう くだらない話しを友達にしてみたら、「お客様を最初に迎える為の準備以外の場面では、しないでほしいわ!」と、強い口調で断言されてしまいました。 彼女曰く、ズバリ 汚い手で他人が使うペーパーを触るなんてとんでもないとの事。 つまり、誰かを迎える為に その家の家人や店の店員がきれいな手で折るならまだしも、用を足して手も洗わないうちに 次の人が使うペーパーを触るなんてとんでもない事で、もしも見かけたら、その部分は必ず捨ててから使っているそう。 なるほど、そう言われてみれば 確かにそうかもしれない。 いやぁ〜、物事は色々な側面から見なければいけませんな。 という訳で、私もこれからは折らない事に決めました。 ところで、話しは変わりますが ミシン目のあるトイレットペーパーを使う時って ミシン目の通りに切ってます? それとも無視? 私は、ミシン目に合わせて切れないと、なんか気になってしまって キッチリミシン目で切ります。 あと、使い始めのトイレットペーパーとかで、端の方が1cmくらい残ったままで 破けながら回ってたりするとイライラしますよね。そういう時は直します? 私は、直さないと気がすまない方で、時間が無い時以外は 一人でイライラしながら直してます。 2枚重ねのトイレットペーパーで、どこからか上下がずれてしまって、2枚のミシン目が揃ってないのも つい直してしまいます。 私って、結構ずぼらな性格なんですが トイレでは以外と几帳面? って、くだらない話しですみませんでした。
この時期になると「サンタさんが来るからいい子にしようね」
「いい子にしないとサンタさん来ないよ」などと言っているのではないでしょうか。 各家庭によってサンタさんが来る条件はさまざま。 季節柄インフルエンザの予防接種で泣かなかったら来るよ」と言い聞かせる家庭もある。 娘はいつも「サンタさんはどこから来るの?」「サンタさんはどうして欲しい物を知ってるの?」 と質問攻めだ。 「どうして家はリビングにプレゼントが置いてあるの?他の家は枕元にあったって言ってたよ」 (枕もとに置いたら寝相が悪くてつぶしたことがあるから置かないのだ) 私は色々答えるのが面倒になってきた。答えもその都度変わってしまう事もある。 そこで「大人はどうしてプレゼントもらえないか知ってる?」と問いかけた。 知っているはずはない。 「あのねサンタさんの秘密をしったらもらえないの、ママはサンタさんの秘密を知ってしまったからもらえないのよ」 そう教えてあげた。 それからはサンタさんについて一切聞かなくなった。 まだ幼い頃、母が枕もとにプレゼントを置いていくのを見てしまった私。 サンタの秘密を知ってしまった事も母には黙っていた。 うれしそうにサンタさんからプレゼント来たね。と言う親心を無碍には出来なかったから。 娘もいつかサンタさんの秘密を知る日が来る。 それまでサンタさんの秘密は内緒にしておこう。
昨年、売り場にあるランドセルを見て「アリエルがいい」だの「水色」と言っていたが
ついにランドセルを実際に購入する時期がやってきた。 来年1年生になる娘が何色を欲しいと言ってもOKするつもりでいた。 娘が選んだ色はやはり「水色」・・・ 確かに水色が大好きで持ち物は水色が多い。 だから母は反対するのだ。水色は綺麗だが汚れが目立つ。 「いっそ紺色や黒にしたほうがいいよ」と言うが水色希望。 このやりとりを繰り返し、買わずに検討していた。 今度は仲良しの友達が「一緒のピンクにしよう」と言ったらしい。 希望に合うピンクがまた難しい。沢山の種類がありピンクもさまざま。 デザインや機能も加えると余計迷う。 しかしランドセルは子供が希望しても親、祖父母と説得するハードルが高い。 値段、色、機能性、全てにおいて三世代がOKと言うのは難しい。 私の気持ちは?娘にオレンジ色を背負わせたかった。 娘も祖父母もNG・・・ さて、入学前に希望のピンクは見つかるのだろうか?
Amazing Grace
作詞 John Newton 作曲 不詳 「アメイジング グレイス」(驚くべき恵み) なんと胸ときめく優しい響き こんなに汚れた私をも救ってくださったなんて 私はかつて失われ暗闇を歩いていたけれど 神に見いだされ 盲人だったけれど 光を与えられた 神の恵みは私の心の恐れを取り去り 受け止めてくれた 信じたそのとき、この恵みのすばらしさが 私を取り囲んだ 多くの患難、誘惑をへて 私はここにたどり着いた 神の愛が私をこんなに平安で清い世界へと 導いてくれた 遠く離れていた私を 帰るべき家へと導いてくれた 神はすべてのことを益としてくださる、と 約束してくれた 御言葉は私の望みを固くたたせ 命の続く限りたてとなって私を守り ともに歩んでくださる この地上での命が朽ち果てようとも 私は神の子であり 喜びと平安の覆いが私を包む この世界が滅び 太陽が輝きを失おうとも 神は私を呼び給う とこしえに私は神のもの 私たちは神の計画のうちに 1万年もの間、輝き続けている 太陽とともに いつまでも神の恵みを歌い続けよう
「Amazing Grace」という歌をご存知ですか?
「驚くべき神の恵み」という意味の賛美歌ですが、困難を乗り越え、希望を呼びかける歌として、一般の人々にも広く歌われています。 日本では、最近、亡くなられた歌手の本田美奈子さんがこの歌を歌われていて、彼女の歌声が何度も流れていました。 この歌の作詞者は、ジョン・ニュートンという人です。 18世紀のイギリスに生まれ、7歳のときに母親を亡くしたことで大きなショックを受け、少年期に非行に陥り、青年になると、船乗りになります。 乗船する船を次々に変えて、行き着いたところが、奴隷売買という仕事でした。 当時、奴隷として拉致された黒人への扱いは、家畜以下であり、輸送に用いられる船内の衛生環境は劣悪でした。 このため、多くの人が、輸送先に到着する前に、感染症、脱水症状、栄養失調などの原因で死亡したといわれています。 ジョン・ニュートンもまた、拉致した黒人に対して、このような扱いを当然のように行っていました。 1748年、彼が22歳のとき、船長として乗船していた奴隷船が嵐に遭い、非常に危険な状態に陥ったとき、転機が訪れました。 難破しそうな船の中で、彼は必死に神に祈りました。 敬虔なクリスチャンの母と、幼いときに聖書を読んでいたことを思い出し 心の底から神に祈ったそうです。 船は奇跡的に嵐を脱し、難を逃れました。 その後も彼は、奴隷を運びつつけました。 しかし、彼の船に乗った奴隷への待遇は飛躍的に改善され、人並みのものになりました。 1755年、ジョン・ニュートンは、船を降りました。 そして、1765年「Amazing Grace」がうまれたのです。 この歌には、黒人奴隷貿易に関わったことに対する深い悔恨と、それにもかかわらず許しを与えられた神の愛に対する感謝が込められているといわれています。 主は情け深く、あわれみ深く、 怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。 そのあわれみは、 つくられたすべてのものの上にあります。 (聖書) 「アメイジング・グレイス」を和訳したものをご紹介します。 つづく
主人より西武園ゆうえんちで、「それいけ!アンパンマン」のショーをやっていると情報を頂いたので、長男、次男を連れてショーの会場である西武園ゆうえんちのみんなの広場ウエストステージに直行しました。着ぐるみのアンパンマン、バイキンマン、ドキンちゃんなどがステージに向かう途中、次男がアンパンマンたちの手をつないで歩いたので、大変大喜びでした。会場に敷物を敷いてショーが始まるのを待ちました。しばらくしたら、ショーが始まり、次男が楽しそうにわき見を振らずに、アンパンマンたちの仲間による劇及び歌をみました。又行きたいと次男が言っていました。
各施設のキャラクターショーの情報は、電車や駅の広告で得ていますが、皆様には、どのように情報を得ているでしょうか?
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